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名古屋高等裁判所 昭和27年(ネ)237号 判決 1956年3月29日

控訴人 住田一義

被控訴人 金津産業株式会社 外一名

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人の被控訴人等に対する名古屋法務局所属公証人田中貞吉の作成にかかる第二二、〇四七号手形金弁済契約公正証書に基く各強制執行は、いずれも控訴人が被控訴人等に対しそれぞれ(一)金十六万九百六十四円、(二)金四百七十九円十五銭及び(三)右金十六万九百六十四円に対する昭和二十四年十二月二十六日以降右完済に至るまでの金百円につき一日金三十銭の割合による金員の弁済を求めるための範囲を超過する部分については、これを許さない。

被控訴人等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の負担とし、その余の二を被控訴人等の負担とする名古屋地方裁判所が本件について昭和二十五年七月十四日にした強制執行停止決定は、右第二項の範囲を超過する部分について、これを認可する。

この判決は、前項に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、

被控訴代理人において、

(一)  本件公正証書に記載してある金二十万円という金額は、大治工機株式会社が控訴人から借り受け被控訴人等において連帯保証をした消費貸借上の元金額であり、本件手形は、右契約の証書代りに差し入れたものである。そして右貸借については金二十万円から利息金四万円を天引した金十六万円を受け取り、額面金二十万円の手形を差し入れたのであるから、消費貸借は金十六万円について成立しているにすぎない。したがつて本件手形の授受は、手形割引すなわち手形の売買に基いてなされたものではない。そして手形の振出人たる被控訴人等は、右手形債務につき叙上の消費貸借上の法律関係をもつて手形権利者たる控訴人に対する人的抗弁としているのである。

(二)  次に本件貸借におけるが如き暴利の約定は、物価統制令第十条に違反し、公序良俗に反する法律行為として法律上当然に無効である。控訴人は元金一円につき一日金一銭の割合すなわち年三十六割五分という高率の利息を徴収している。さらに一カ月毎に複利計算をするときは恐るべき暴利となる。このような暴利の約定は、利息の前払、利息の天引、手形割引料の支払等の名目でなされた場合であつても、旧利息制限法第五条の適用のない商事債権の違約金等の徴収名義でなされた場合であつても、ひとしく公序良俗に違反し無効である。

本件において、控訴人は、金十六万円を貸し付けるにあたり、右金額に利息金四万円を加算し、金二十万円をもつて元金としたのであるが、金一円につき一日金一銭の利率で計算すると、金四万円は、元金十六万円に対する二十五日分すなわち貸付の日である昭和二十四年四月九日から同年五月三日までの利息となる。そして控訴人は、同年五月二日に公正証書を作成して、弁済期を同月四日とすると共に、遅延損害金を金一円につき一日金一銭の割合としたのであるから、本件においては、貸借の日以降の利息も弁済期後の遅延損害金もすべて金一円につき一日金一銭の割合で徴収することになる。しかも公正証書は、右の遅延損害金は毎月末日限り控訴人方に持参して支払うべきものとし、その支払を遅滞したときは毎月末日現在支払遅滞となつている遅延損害金を元金に組み入れて複利計算をし、その複利計算をした元金についてさらに右同率の遅延損害金が生じるものとしている。

なお右の遅延損害金は、名は遅延損害金になつているが、実質は利息である。控訴人は、元金の弁済期限を極度に短縮する等の方法によつて利息制限法の適用を免れようとしたものである。

(三)  公序良俗に違反するために無効な法律行為は、事後の補正によつても有効なものとはならない。

控訴人は、年三十六割五分という利率が暴利であることを自認して、本件控訴を申し立てるにあたり、控訴状において、本件手形金に対する弁済期後の遅延損害金の請求を金百円につき一日金五十銭の割合の請求にとどめ、その余の請求権を放棄する旨の意思表示をした。

しかしながら、公序良俗に違反するために無効な法律行為については、事後の補足訂正によつてその全部または一部を有効なものとすることはできない。控訴人が本件遅延損害金の約定を金百円につき一日金五十銭の利率の範囲内において有効化しようとする意図は容認されてはならない。

(四)  また利息の約定が物価統制令にいわゆる暴利の契約にあたり民法第九十条によつて無効である場合には、右の約定は全部無効であるといわなければならない。右の約定といえども利息制限法の許す範囲内においては有効であると解してはならない。

(五)  仮に、控訴人の主張のように、本件手形の振出が手形割引契約に基くものであり、また遅延損害金の約定が商事債権に関するものとして旧利息制限法第五条の適用のないものであるとしても、その手形割引率及び遅延損害金の各約定は、いずれも物価統制令にいわゆる暴利の契約にあたり、公序良俗に違反するものとして全部無効であり、結論はすべて前述したところと同一になる。

と述べ、控訴代理人において、

(一)  世事にくらい匹夫野人で手形というものを全然知らない者が金融を受けるに際して手形を差し入れたというような極めて稀な場合であれば、その手形を金銭貸借の借用証書と見ることも、社会における現実と常識を離れた事物の観察とはいえないであろう。しかしながら、手形その他の流通証券がよく普及している今日、市井における商人で手形を知らない者は果して幾人あるであろうか。本件において当事者その他の関係人がすべて手形なるものを熟知していることは疑を容れないところである。そのような者が金融を与えるに際し手形の振出交付を受けた場合において、その手形により手形金の支払請求をすることができることについては誰も異議をさしはさむ者がないであろう。このような場合においても手形は借用証書にすぎず貸金の請求しかすることができないと説く者があるであろうか。本件において控訴人が被控訴人等に対し金融を与えるに際し、当事者が合意の上弁済期までの利息、調査費等の差引計算を遂げ、控訴人等が額面金二十万円の手形によりその金額の債務を負担する意思をもつて控訴人に対しその手形を振り出し交付し、しかも借用証書等は授受しなかつたのであるから、控訴人は、被控訴人等に対し右手形により金二十万円の手形債権の行使ができると解さなければ、社会における現実にも当事者の意思にも合致しないことになる。そして本件公正証書は、金銭消費貸借契約の公正証書ではなく、すでに成立している右の手形債務の確認とその支払方法等の約諾を録取したものである。

(二)  また手形上の権利義務についてはしばらくおき、金銭消費貸借上の法律関係だけについて観察しても、弁済期までの利息、調査費等は当事者が合意の上ですでに前払したのであるから、たとえそれが旧利息制限法所定の利息の最高限度を超過するものであつても、もはや裁判上問題にならないものであり、また被控訴人等において後日これが返還請求をすることもできないものである。さらに控訴人が自転車の製造販売を営業とする商人であり、かつ大治工機株式会社及び被控訴会社がいずれも商人である関係上、本件債権は契約当事者の全員につき商事債権であり、旧利息制限法第五条の適用が排除される結果、弁済期後の遅延損害金の約定についてもまたなんら違法の問題を生じない。

(三)  されば控訴人の被控訴人等に対する本件債権について、これが不履行の場合に支払うべき遅延損害金の特約に関し、その利率が金一円につき一日金五厘(契約においては金一円につき一日金一銭の利率による損害金を支払う約定であつたけれども、控訴人は、本件控訴をなすにあたり控訴状において、そのうち金一円につき一日金五厘の利率による損害金の支払だけを請求しその余の請求を放棄する旨の意思表示をした)という高率であるの一事をもつて、当然にその損害金の特約が無効であると速断してはならない。けだし債務者が多額の損害金の支払を約することはもとより欲しないところであつたにもかかわらず敢てその特約をした所以は、その特約をしなければ債務を成立させることができない事情が存在したからであると推定し得るからである。もしその特約が過重であつて、債務者においてこれを確約する真意を有していたことを肯定し難い場合は格別であるが、然らざる限り、当該特約そのものは一応契約自由の範囲内に属しているものとして有効であると推定するのが妥当である。

損害金の利率の相当性は時代によつて変遷を免れない運命にあるが、金一円につき一日金五厘の利率は大正時代以来大審院その他の裁判例において頻繁に容認されてきたもので、歴史的に見てあながちこれを不当視することはできないものである。特に終戦後のインフレーシヨン、貨幣価値の著しい下落、物価の甚しい高騰、金利水準の極端な上昇の時代においてはなおさらである。昭和二十四年六月三十日貸金業等の取締に関する法律が施行された後においても、大蔵当局は貸金業者に対して金一円につき一日金五厘の利率を公認し、貸金業者その他がこれにならい、一般取引社会は右の利率を社会通念上妥当なものとしているのである。以上のような状況のもとにおいての右の利率の特約をもつて公序良俗に違反するものということはできない。

(四)  本件各強制執行の著手後、控訴人は、大治工機株式会社から、(イ)昭和二十四年十二月二十四日金四万三千円、(ロ)昭和二十五年三月十七日に金五万円、(ハ)同年五月十七日に金十万円を受領した。そして右(イ)の金四万三千円と(ロ)の金五万円とは、債務名義たる本件公正証書記載の遅延損害金の支払に充当するという約定であつた。しかし右(ハ)の金十万円については、そのうち金二万円は本件公正証書記載の遅延損害金の支払に充当し、その余の金八万円は大治工機株式会社の控訴人に対する本件以外の別口の債務の支払に充当するという約定であつたのである。そして控訴人は、右各金員の受領当時、いずれも約定利率たる金一円につき一日金一銭の割合で計算して、右(イ)の金四万三千円、(ロ)の金五万円、(ハ)の一部金二万円を順次本件公正証書記載の遅延損害金の弁済に充当した。

しかしながら、控訴人は前記のように、本件約定遅延損害金の請求のうち金一円につき一日金五厘の利率の範囲の部分の請求だけをし、その余の請求を放棄することにしたので、改めて計算をやり直せば、次のとおりとなる。

前記(イ)の金四万三千円、(ロ)の金五万円、(ハ)の一部金二万円、すなわち合計金十一万三千円を金一円につき一日金五厘の割合すなわち本件元金二十万円につき一日金千円の割合で本件遅延損害金の弁済に充当すれば、元金の弁済期日の翌日なる昭和二十四年五月五日から同年八月二十五日までの百十三日分の遅延損害金が弁済されたことになる。したがつて控訴人は被控訴人等に対し債務名義たる本件公正証書に基き手形金二十万円及びこれに対する昭和二十四年八月二十六日以降右完済に至るまでの金一円につき一日金五厘の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有するものである。

そして仮に前記(ハ)の金十万円全額を本件遅延損害金の支払に充当して計算すれば、前記(イ)、(ロ)、(ハ)の合計金十九万三千円は、金二十万円に対する昭和二十四年五月五日から同年十一月十三日までの百九十三日間の遅延損害金に充当せられる。したがつてこの場合においても控訴人は本件債務名義に基き手形金二十万円及びこれに対する昭和二十四年十一月十四日以降右完済に至るまでの金一円につき一日金五厘の割合による遅延損害金の支払請求権を有するものである。

と述べたほか、

原判決事実摘示と同様であるから、ここにこれを引用する。

<立証省略>

理由

控訴人が共同振出人として大治工機株式会社(代表取締役は新美義一)、新美一義、新美志づ、被控訴会社(代表取締役は被控訴人四郎)及び被控訴人四郎の五名の記名押印がある額面金二十万円、振出日昭和二十四年四月九日、支払期日同年四月三十日、振出地名古屋市、支払地同市、支払場所株式会社協和銀行中村支店、名宛人控訴人なる約束手形一通を所持していること並びに控訴人が左記(1) 乃至(5) の条項等を記載してある名古屋法務局所属公証人田中貞吉が昭和二十四年五月二日に作成した第二二、〇四七号手形金弁済契約公正証書の執行力ある正本に基きこれを債務名義として昭和二十四年十二月十三日に被控訴人両名に対して各強制執行をしたことは、当事者間に争がない。

(1)  債務者五名(右手形に振出人として記名押印がしてある前記五名の者をさす。左記(2) 乃至(5) においてもこれに同じ)は、右手形上の債務の弁済を確保するために、この公正証書を作成する。

(2)  債務者五名は、右手形金二十万円を昭和二十四年五月四日限り控訴人方に持参して支払うものとする。

(3)  右金二十万円の支払を遅滞したときは、債務者五名は、右金員にその遅滞の日から金一円につき一日金一銭の割合の損害金を加算して、これを控訴人に支払うものとする。

(4)  右損害金は、毎月末日限り控訴人方に持参して支払うものとする。毎月末日現在において支払遅滞となつている損害金があるときは、その都度これを元金に組み入れて複利計算をし、以後その損害金を組み入れた元金について右同率の損害金が生ずるものとする。

(5)  債務者五名が右手形の成立要件を否認し、または右手形上の債務の履行を免れるために控訴人を相手方として訴を提起し、もしくは調停の申立をしたときは、控訴人は、債務者五名に対して右手形金の請求とは別個に予定損害金二十万円を請求し得るものとする。

次に成立に争のない乙第三号証の三並びに原審及び当審証人新美義一の証言によれば、新美義一は、後記のように乙第二号証、乙第三号証の一等の各書面を被控訴人等名義で作成することにつき被控訴人四郎の承諾を得て、同被控訴人よりその作成に必要な被控訴会社の代表取締役たる被控訴人四郎及び被控訴人四郎個人の各印鑑の交付を受けた上、控訴人方において石河義雄をしてその印鑑を使用して被控訴人等作成名義の右各書面を作成させたものであること(乙第二号証中の各被控訴人四郎名下の印影がいずれも同人のものであることについては争がない)を窺知し得るから、乙第二号証及び乙第三号証の一は、いずれも被控訴人等の意思に基いて作成されたものであつて、真正に成立したものであるといわなければならない。そして右乙第二号証及び乙第三号証の一、三、各成立に争のない乙第一号証、乙第三号証の二(前記公正証書の原本、甲第一号証はその謄本)及び乙第三号証の四、原審及び当審証人新美義一、同石河義雄の各証言並びに当審における控訴本人(第一回)の訊問の結果を綜合し、かつ弁論の全趣旨をしんしやくして考察すれば、前顕大治工機株式会社が事業資金に窮し他より金融を受ける必要に迫られたが、銀行等よりその融通を受けることができなかつたため、同会社の代表取締役新美義一は、困惑した結果やむを得ず、昭和二十四年四月上旬頃貸金業者なる控訴人より金二十万円を借り受けようと企図して、控訴人にその交渉をすると共に、被控訴会社の代表取締役なる被控訴人四郎に対し、被控訴会社及び被控訴人四郎個人の両名において大治工機株式会社の控訴人に対する右貸借上の債務の支払を確保するために同会社等と共に共同振出人となつて控訴人宛に約束手形を振り出しかつその手形上の債務の弁済を確保するために作成すべき公正証書の作成に必要な承諾書及び代理委任状にそれぞれその作成名義人として同会社等と共に押印されたき旨を依頼し、被控訴人四郎は、右依頼を全部承諾して、右義一に対し、被控訴会社の代表取締役なる被控訴人四郎及び被控訴人四郎個人の各印鑑とその各印鑑証明書とを交付した上、右義一において被控訴人両名を各代理し右各印鑑を使用して叙上の約束手形、承諾書及び代理委任状を各作成すべき点を委任し、さらに義一は、新美志づに対しても同様依頼してその承諾を得た上、同人より同様その印鑑と印鑑証明書との交付を受け、ここにおいて右義一は同月九日右各印鑑、印鑑証明書その他を持参しかつ大治工機株式会社の使用人石河義雄を同伴し控訴人方に赴いて控訴人と種々協議をし、その結果、義一と控訴人との間に、大治工機株式会社が物上担保なしで控訴人より金二十万円を弁済期は同月三十日とし、かつ貸借の日なる同月九日より弁済期なる同月三十日までの二十二日間の利息は右金二十万円全額につき金四万円としてこれを前払するという定めで借り受ける旨の契約が成立し、控訴人は即時その契約に基いて右金二十万円より利息金四万円を天引した金十六万円を現実に義一に交付し、義一は、控訴人の請求により、大治工機株式会社の控訴人に対する右消費貸借上の債務の支払を確保するために、右義雄をして叙上の各印鑑等を使用して本件約束手形一通を作成させ、同時に同様右義雄をして右各印鑑等を使用して、右手形の振出人五名は控訴人がその五名の代理人を選定の上その代理人との間において右手形上の債務の支払につき前掲(3) 乃至(5) の条項等を契約条項とする公正証書を作成することを承諾する旨を記載し右振出人五名を作成名義人とする承諾書一通(乙第二号証)及び同様その旨を記載し右五名を作成名義人とする代理委任状一通(乙第三号証の一、ただし当時はその代理人の氏名記載欄及び年月日記載欄は空白にしておく)をも作成させて、右約束手形、承諾書及び代理委任状を叙上の各印鑑証明書等と共に一括して控訴人に差し入れ、控訴人は、その後大塚弘延に対し公正証書の作成につき右振出人五名の代理人となることを依頼しその承諾を得て右代理委任状の代理人の氏名記載欄に大塚弘延と記入し、さらにその年月日記載欄に年月日を記入した上、右代理委任状、前記各印鑑証明書等を持参し、右弘延を同伴して、同年五月二日に公証人田中貞吉方に赴き右振出人五名の代理人たる右弘延との間において本件公正証書を作成したことを認めるに足り、原審及び当審証人新美義一、同石河義雄並びに当審における控訴本人(第一回)の各供述中右認定に反する部分はいずれも措信し難い(乙第三号証の二公正証書には「右三名代理人大塚弘延」と記載してあるけれども、その「右三名」とは結局において本件手形の振出人たる前記五名の者をさしていることが右証書の全趣旨によつて明白である。)叙上認定のとおりであるから、被控訴人等が連帯保証の証書作成のために義一に交付しておいた被控訴人四郎の各印鑑を冒用し被控訴人等の意思に反して右義一が前記承諾書(乙第二号証)等を作成し控訴人がその承諾書等を使用して本件公正証書を作成した旨の被控訴人等の主張並びに本件手形が手形割引契約に基いて授受された旨の控訴人の主張は、いずれも採用することができない。なお控訴人は、右貸借にあたつて元本額より調査費用を差し引く旨の約定があつたと主張するけれども、そのような約定があつたことの立証はない。もつとも原審証人新美義一及び当審における控訴本人(第一回)の各供述によれば、控訴人は、右義一より同人の被控訴人四郎に対する前記依頼の結果について報告を受けたので、本件貸借の直前被控訴人四郎に面接して被控訴人等の信用状態その他の調査をしたことを肯認し得るけれども、その調査のために控訴人が費用を支出したことの証明がない。したがつて調査費用に関する控訴人の主張もまた採用することができない。

そこで本件公正証書の表示する契約が被控訴人等の主張のように公序良俗違反を原因として無効であるかどうかについて審査しよう。

まず前記(2) の契約条項によれば、本件手形金二十万円は公正証書作成の日である昭和二十四年五月二日から起算して僅かに三日目である同月四日限り控訴人方に持参して支払うべきものと定めてあるけれども、この条項が公序良俗に違反するとは考えられない。殊に右手形の支払期日が公正証書の作成当日の以前なる同年四月三十日である点を考慮すれば、なおさらそうである(もつとも利息金四万円が天引されたため、結局において右手形金二十万円のうち金十六万九百六十四円の連滞支払があれば足ることについては、後述する。)

次に今次大戦後における貨幣価値の下落、物価の高騰、金利水準の上昇その他の社会経済上の諸般の状況と本件において認定の諸事実とを基礎とし、さらに本件には後記のとおり旧利息制限法第五条の適用がないことを考慮して判断すれば、前記(3) 及び(4) の契約条項のうち、金百円につき一日金三十銭の割合による遅延損害金の支払を契約した範囲の部分(その際複利計算をしないものとする)は有効であるけれども、その範囲を超過する契約部分は、暴利契約として、公序良俗に違反し無効であると解さなければならない。右の契約条項全部が無効であるという被控訴人等の主張は理由がない。

前記(5) の契約条項は、被控訴人等その他の債務者が国民の基本的人権の行使に属する訴の提起や調停の申立をすることを阻止する目的をもつて定められたものであることが明白であり、全部無効であると解すべきである。

そして本件においては、叙上無効部分を除いた残余の契約部分だけであるならば、当事者が契約を締結しなかつたであろうと思われるような事情の認めるに足るものがないから、公正証書記載の契約全体が無効であるという被控訴人等の主張は理由がない。

なお右の公正証書に、債務者等は、契約上の義務の履行につき連帯責任を負うべく、またその義務の履行を怠つた場合にはただちに強制執行を受けても異議がないことを認諾する旨の各条項が記載してあることは、乙第三号証の二によつて明かである。

そして現行利息制限法附則第四項により本件消費貸借には大正八年法律第五十九号による改正後の明治十年太政官布告第六十六号利息制限法(旧利息制限法)の適用があるところ、旧利息制限法のもとにおいても、本件のように、金銭の消費貸借にあたつて債務者が元本より利息を天引した額を受領した場合において、天引額が債務者の受領額を元本として同法第二条所定の利率により計算した金額を超過するときは、その超過部分は元本の支払に充てたものとみなすのが相当である。本件において、債務者の受領額金十六万円に対する貸借の日なる昭和二十四年四月九日より弁済期なる同月三十日までの二十二日間の旧利息制限法第二条所定の年一割の利率による金額は、右金十六万円の一割なる金一万六千円を三百六十五(同年は平年である)で除した金四十三円八十三銭(銭未満切捨)に二十二を乗じた金九百六十四円(円未満切捨)である。そしてその金額を天引利息金四万円より差し引いた残余の金三万九千三十六円は本件消費貸借の元本金二十万円の一部弁済に充当したものとみなされるから、その元本額は金十六万九百六十四円に減縮される。右手形が大治工機株式会社の控訴人に対する前記消費貸借上の債務の支払を確保するために振り出されたものであり、さらに本件公正証書が右手形上の債務の弁済を確保しその弁済の方法等を定めるために作成されたものであることは、前記のとおりであるから、被控訴人等その他の手形振出人等は、右消費貸借上の事由をもつて、手形の名宛人たる控訴人したがつて公正証書記載の契約上の債権者たる控訴人に対抗することができる。されば公正証書記載の契約上の債務の元本の支払義務としては、被控訴人等は金十六万九百六十四円の連帯支払義務を有するにすぎないものである。

次に本件公正証書記載の契約は、手形上の債務の弁済を確保しその弁済の方法等を定めたものであるから、商法第五百一条第四号によつて商行為である。したがつて右契約は、結局においては金銭消費貸借上の債務の支払を確保しその支払方法等を定めたものではあるけれども、当時の商法施行法第百十七条により、旧利息制限法第五条の適用を受けない。

したがつて被控訴人等は、本件公正証書記載の契約に基き、大治工機株式会社ほか二名と共に、金十六万九百六十四円及びこれに対する同契約所定の弁済期の翌日なる昭和二十四年五月五日(控訴人も本件遅延損害金発生の起算日を同日と主張している)以降右金員完済に至るまでの金百円につき一日金三十銭の前記利率による遅延損害金の連帯支払義務を負担したものである。

そして大治工機株式会社が控訴人に対しいずれも右債務の支払として昭和二十四年十二月二十四日に金四万三千円昭和二十五年三月十七日に金五万円を支払つたことは、当事者間に争がない。次に右会社が控訴人に対し昭和二十五年五月十七日に金十万円を支払つたことは当事者間に争がなく、しかも成立に争のない甲第三号証及び当審における控訴本人(第二回)の供述を綜合すれば、右金十万円の支払当日右会社と控訴人との間に、その金員は本件債務と右会社等が控訴人に対して負担している本件以外の数個の別口債務との各支払に分割して充当するものとし右金員のうち金二万円を本件債務の支払に充当する旨の約定があつたことを確認することができる。原審及び当審証人新美義一並びに同後藤唯治の各証言中右認定に反する部分は信用することを得ない。もつとも各成立に争のない甲第七乃至九号証の各一、二及び右控訴本人(第二回)の供述によれば、控訴人は、昭和二十八年頃本件以外の前記各別口債権の支払を請求して右会社等に対しその各公正証書に基き強制執行をしたが、その際執行吏に提出した右各別口債権の計算書にはいずれも右金十万円より金二万円を控除した残余の金八万円を右各別口債権の弁済に分割充当した旨を記載しなかつた事実を肯定し得るけれども、右控訴本人(第二回)の供述によれば、右各別口債権についてはいずれも金一円につき一日金一銭の割合による遅延損害金の支払約定があつたにもかかわらず、控訴人は、右各計算書には、それぞれ金一円につき一日金五厘の割合による遅延損害金の支払請求しか記載しなかつた関係上、右金八万円の分割入金の事実を殊更に記載しなかつたものであることを認めることができるので、右各計算書に金八万円の分割入金の記載がないという右事実によつても、金十万円のうち金二万円を本件債権の支払に充当したという前記認定事実を左右するに足らない。なお右金四万三千円、金五万円及び金二万円の各支払については、特段の事情の認めるに足るものがないから、いずれもまず本件債務の遅延損害金の支払に充当すべきものである。

元本金十六万九百六十四円に対する金百円につき一日金三十銭の利率による一日分の遅延損害金は金四百八十二円八十九銭(銭未満切捨)であるから、前記入金四万三千円、金五万円及び金二万円の合計金十一万三千円は、右の元本に対する右利率による二百三十四日分すなわち昭和二十四年五月五日より同年十二月二十四日までの分の遅延損害金に充当せられて、なお一日分に満たない金三円七十四銭の残金を生ずる。

以上の次第であるから、本件公正証書記載の契約に基き、被控訴人等は連帯して控訴人に対し、

(一)  元本金十六万九百六十四円

(二)  右元本に対する昭和二十四年十二月二十五日一日分の遅延損害金の未払分金四百七十九円十五銭(前記一日分金四百八十二円八十九銭よりすでに支払済の右金三円七十四銭を差し引いた金額)

(三)  右元本金十六万九百六十四円に対する昭和二十四年十二月二十六日以降右元本完済に至るまでの金百円につき一日金三十銭の割合による遅延損害金

を支払うべき義務がある。したがつて控訴人の被控訴人等に対する本件公正証書に基く各強制執行は、いずれも控訴人が被控訴人等に対し右(一)乃至(三)の金員の連帯支払を求めるための範囲の部分については許されるが、その範囲を超過する部分については許されないものである。

被控訴人等の本訴請求中、控訴人が右の範囲を超過してなす各強制執行に関する部分は理由があるから、これを認容し、その余は理由がないものとして棄却すべく、原判決は、その一部において右と結論を異にするので、変更を免れない。それで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第九十二条第九十三条第八十九条をまた強制執行停止決定の認可及びその仮執行の宣言につき同法第五百四十八条を適用して、主文のとおり判決をする。

(裁判官 北野孝一 伊藤淳吉 吉田彰)

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